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京都地方裁判所 平成6年(ワ)3035号 判決 1998年1月16日

第一事件原告・第二事件原告

柳順子

第三事件原告

安原昌子

右両名訴訟代理人弁護士

高田良爾

第二事件被告・第四事件原告

亡中川藤志成訴訟承継人

中川貴子

外三名

右三名法定代理人親権者

中川貴子

右四名訴訟代理人弁護士

上村昇

佐藤邦友

第一事件被告・第三事件被告・第四事件被告

村松弘一

第四事件被告

亡藤井治訴訟承継人

藤井幸子

外三名

右五名訴訟代理人弁護士

猪野愈

置田文夫

主文

一  第一事件(平成五年(ワ)第二八三四号)について

1  被告村松弘一は、原告柳順子に対し、金四一一万八〇九五円及びこれに対する平成五年一〇月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告柳順子のその余の請求を棄却する。

二  第二事件(平成六年(ワ)第三〇三五号)について

原告柳順子の請求を棄却する。

三  第三事件(平成九年(ワ)第二五五八号)について

被告村松弘一は、原告安原昌子に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成九年一〇月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  第四事件(平成五年(ワ)第三二五三号)について

原告中川貴子、同中川紗希、同中川千佳、同中川菜穂子の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、

1  第一事件・第二事件原告柳順子に生じた費用の二分の一を同原告の負担とし、その余を第一事件被告村松弘一の負担とし、

2  第三事件原告安原昌子に生じた費用はすべて同事件被告村松弘一の負担とし、

3  第二事件被告・第四事件原告中川貴子、同中川紗希、同中川千佳、同中川菜穂子に生じた費用を二分し、その一を同人らの、その余を第二事件原告柳順子の負担とし、

4  第一事件被告・第三事件被告・第四事件被告村松弘一に生じた費用はすべて同人の負担とし、

5  第四事件被告藤井幸子、同藤井浩一、同藤井茂則、同坂上清美に生じた費用は、同事件原告中川貴子、同中川紗希、同中川千佳、同中川菜穂子の負担とする。

六  この判決の第一項1及び第三項1は、仮に執行することができる。

事実

第一  各事件における原告の請求

一  第一事件(平成五年(ワ)第二八三四号)

被告村松弘一は、原告柳順子に対して、金一七九七万〇七〇四円及びこれに対する平成五年一〇月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件(平成六年(ワ)第三〇三五号)

原告柳順子に対して、被告中川貴子は金七〇九万六五六〇円、被告中川紗希、同中川千佳及び同中川菜穂子は各々金二三六万五五二〇円ずつ、並びに右各金員に対する平成六年一二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  第三事件(平成九年(ワ)第二五五八号)

被告村松弘一は、原告安原昌子に対して、金一五〇万円及びこれに対する平成九年一〇月一〇日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  第四事件(平成五年(ワ)第三二五三号)

1  被告藤井幸子は、原告中川貴子に対して金一二万五九八五円、原告中川紗希、同中川千佳及び同中川菜穂子に対してそれぞれ金四万一九九五円ずつ、並びに右各金員に対する平成五年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告藤井浩一、同藤井茂則及び同坂上清美は、各々、原告中川貴子に対して金四万一九九五円、原告中川紗希、同中川千佳及び同中川菜穂子に対してそれぞれ金一万三九九八円ずつ、並びに右各金員に対する平成五年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告村松弘一は、原告中川貴子に対して金八万六六〇〇円、原告中川紗希、同中川千佳及び同中川菜穂子に対してそれぞれ金二万八八六六円ずつ、並びに右各金員に対する平成五年八月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

一  当事者

1  第一、第三、第四事件被告村松弘一(以下「被告村松」という。)は、昭和四六年ころに建築された別紙物件目録記載のビル(以下「本件ビル」という。)を所有している。

2  被告村松は、本件ビルの地階部分(以下「本件店舗」という。)を第三事件原告安原昌子(以下「原告安原」という。)に賃貸していた。

3  本件店舗では、原告安原の実母である第一、第二事件原告柳順子(以下「原告柳」という。)において、飲食店「パブハウスポパイ」を経営していた。

4  本件ビルの西隣には、第二事件被告・第四事件原告亡中川藤志成(以下「被告中川」という。)が所有するビル(以下「中川ビル」という。)がある。被告中川は一乗寺安宅屋の商号で豆腐製造業を営み、中川ビルの一階で、豆腐製造を行っていた。

5  第四事件被告亡藤井治(以下「被告藤井」という。)は、建築工事業者で、被告村松の依頼で、本件ビル地階等の汚泥除去工事等を行った者である。

二  ガス爆発事故の発生

1  平成五年八月一五日午後四時四〇分ころ、本件店舗内において、ガスが爆発し、店内の床や入口ドア、設備等を損壊する事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

2  右事故の原因は、地階の地下から漏れだしたメタンガスに店内の何らかの火源から引火したものであった。

3  本件ビルの地階は、地階室内の結露や湿気を防ぐために、鉄筋コンクリート造の外壁とコンクリートブロック造の内壁との二重壁となっており、外壁内に侵入した水を一時的に溜める湧水ピットが地階の下に設けられている。そこに溜まった排水、汚泥が発酵して、メタンガスが発生したものであった。

第三  当事者の主張

一  第一事件(平成五年(ワ)第二八三四号)

1  原告柳の請求原因

(一) 原告柳の営業

原告柳は、原告安原と共同して、被告村松から本件店舗を賃借し、本件店舗において、「パブハウスポパイ」の名称で飲食店を経営していた。保健所からの営業許可は原告安原名義であったが、内装費用は原告柳が負担し、店舗の備品も原告柳が所有していた。

(二) 被告村松の責任

(1) 債務不履行責任

被告村松は、本件ビルの賃貸人として、賃借人に対して、賃貸建物の安全な使用収益を全うさせる義務を負っていたが、次のとおり、この義務を怠った。

① 汚水侵入防止措置の懈怠

湧水ピットは、本来、外壁の微細な孔を通過して侵入する少量の水を溜めるためのもので、汚水やヘドロが侵入堆積することを予定していないのに、地階の南西部で外壁とこれを貫通する排気ダクトとの間の隙間が充分に塞がれていなかったために、この隙間から土砂や汚水が二重壁内の空隙に侵入し、湧水ピット内に堆積した。

被告村松は、本件ビルの賃貸人として、湧水ピットへの汚水等の侵入を防止する措置を怠った。

② 湧水ピットの検査・清掃の懈怠

被告村松は、平成五年五月ころから、原告柳から、本件店舗内の床や壁の隙間から汚水が流れ出てくるとの苦情を受けて、同年七月二四日、二重壁の内壁に孔を開けて、バケツに五〇杯もの白濁水を汲み出し、相当量のセメントを投入してヘドロを固めて、応急的に汚水の店内への流入を止めた。

右からしても、湧水ピット内に相当量のヘドロが堆積していることは容易に推測できたのであるから、被告村松は、直ちに湧水ピットを検査清掃すべきであるのに、これを怠った。

(2) 民法七一七条一項の土地工作物責任

① 前記のとおり、本件ビル地階は、二重壁が設けられ、その壁間の空隙に侵入する水を溜める湧水ピットが地下に設けられている。これらが本件ビルの構造部分であることは明らかである。

② 外壁が通常の構造を備えていれば、湧水ピットには汚水やヘドロが侵入堆積することはない。

③ ところが、前記のとおり本件ビルの地階南西部で、外壁とダクトとの間の隙間が充分に塞がれていない瑕疵があった。

④ このため、この隙間から流入した汚水やヘドロが湧水ピット内に堆積し、メタンガスを発生させた。

⑤ よって、被告村松は土地工作物の瑕疵により、原告柳に損害を生じさせた。

(3) 民法七〇九条の不法行為責任

被告村松は、前記のとおり、平成五年七月二四日、二重壁内にバケツ五〇杯にも上る白濁水の排出を見、セメントで固めねばならないほどのヘドロが堆積していたことを確認したのであるから、湧水ピット内にも相当量のヘドロが堆積して、メタンガスが発生していることを容易に推測しえたのに、湧水ピットを検査清掃しなかった過失により、本件爆発事故を防げなかった。

(4) 民法七一七条一項前段の共同不法行為責任

被告中川に、豆腐製造工程で生じる排水を地中に滲み込ませて、本件ビルの地下に流入させた過失があるとしても、前項のとおり、被告村松にも過失があるから、被告村松は共同不法行為責任を負う。

(三) 損害

本件爆発事故により、原告柳は、本件ビル内で、飲食店営業を行うことが不可能になり、左記の損害を被った。

(1) 平成二年七月二五日に工事を完了した店舗改装が無に帰した。その改装費用 金八六四万四〇〇〇円

(2) 原告柳は、本件事故により、本件店舗で営業を行うことができないまま、同年一二月一日から、他店で業務に従事するようになった。事故のあった八月一五日から一一月末までの間、毎週火曜日の定休日を除く、営業予定日数合計九三日分の、平成四年度実績から算出した営業利益

金六三二万六七〇四円

(3) 本件事故の処理及び営業停止による精神的損害。 金三〇〇万円

(4) 合計 一七九七万〇七〇四円

(四) よって、原告柳は、被告村松に対し、主位的に債務不履行、予備的に民法七一七条一項、同法七〇九条、又は同法七一九条一項前段に基づく損害賠償として、金一七九七万〇七〇四円及び平成五年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告村松の認否

(一) (賃借人)

原告柳が本件店舗で営業していたことは認めるが、本件店舗の賃借人は原告安原のみである。

(二)(1) (債務不履行責任)

争う。右のとおり、原告柳との間には契約関係はない。

(2) (土地工作物責任)

争う。

(3) (不法行為責任)

争う。本件爆発事故は、被告中川が豆腐製造過程で生じる排水を一〇年以上も地中に漏水させ、これが本件ビルの地下方向に流れ込み、湧水ピット内に流入堆積し、排水に混入している豆腐やオカラの滓が発酵してメタンガスを発生したもので、被告村松に責任はない。

(4) (共同不法行為責任)

争う。

(三) (損害)

争う。本件爆発事故により、本件店舗の床板の約半分が盛り上がるなどしたが、カウンターや水屋にあった食器等は破損しなかった。

また、被告村松は、事故から間もない八月二二日ころから本件店舗の復旧工事に取りかかったが、原告柳の息子らが脅迫により工事を中止させたものである。

3  被告村松の抗弁

原告柳は、平成二年七月ころ、本件店舗の床全面にビニールクロス貼り工事を行い、床にあった湧水ピットの点検口を塞いで、開けられないような状態にしたため、床下に発生していたメタンガスが滞留充満して、爆発したものである。

4  抗弁に対する認否

工事を行ったことは認める。

5  原告柳の再抗弁

原告柳は右工事を行う際、事前に被告村松に連絡して了解を得た。

6  再抗弁に対する認否

否認する。

二  第二事件(平成六年(ワ)第三〇三五号)

1  原告柳の請求原因

(一) 原告柳の営業

前記一1(一)と同じ。

(二) 爆発事故の原因

中川ビル一階で行われる豆腐製造の過程で生じた排水が本件ビルの方向に流出し、本件ビル地階の南西部の外壁にある排水ダクト周囲の隙間から二重壁の空隙、そして湧水ピット内に流入したが、この排水中の豆腐かす等がヘドロ状態に溜まって、メタンガスを発生させた。

(三) 被告中川の責任

被告中川が、メタンガスの発生源になり得る右排水が地中に流れ込むなどしないように措置する注意義務を怠ったことにより、被告村松が地階外壁の隙間を残したままにし、湧水ピットの検査清掃をしなかった過失と共同して、本件事故を発生させた。

(四) 損害

本件爆発事故により、原告柳は、本件店舗で飲食店の営業を行うことが不可能になり、次の損害を被った。

(1) 平成二年七月二五日に工事を完了した店舗改装費用

金八六四万四〇〇〇円

(2) 平成五年八月一五日以降同年九月三〇日まで、営業できなかったことによる営業予定日数(四〇日)の利益

金二五四万九一二〇円

(3) 本件事故の処理及び営業停止による精神的損害 金三〇〇万円

(4) 合計 一四一九万三一二〇円

(五) 相続

被告中川は平成九年七月一三日死亡し、妻である中川貴子と、子である中川紗希子、同中川千佳、同中川菜穂子が共同相続した。

(六) よって、原告柳は、民法七一九条一項前段に基づく損害賠償として、被告中川貴子に対し、金七〇九万六五六〇円、被告中川紗希、同中川千佳及び同中川菜穂子に対し、それぞれ金二三六万五五二〇円、並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成六年一二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告中川貴子らの認否

(一) (原告の営業)認める。

(二) (事故の原因)否認する。

(三) (被告中川の責任)争う。

(四) (損害)知らない。

(五) (相続)認める。

三  第三事件(平成九年(ワ)第二五五八号)

1  原告安原の請求原因

(一) 被告村松は、原告安原に対して、昭和五八年九月一〇日、本件店舗を次のとおり賃貸し、これを引渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(1) 期間 昭和五八年一〇月一日から同六〇年九月末日迄

(2) 賃料 一か月一一万円

(3) 保証金 二〇〇万円。但し、本契約を解除するときは一五〇万円を返還する。

(二) 原告安原は、被告村松に対し、保証金として二〇〇万円を交付した。

(三) 被告村松は、原告安原に対し、母である原告柳が本件店舗で飲食店を営業することを同意し、同人は、「パブハウスポパイ」の名称で飲食店を営業していた。

(四) 本件事故のため、本件店舗内は、爆風等のため破損し、備品も大破し、飲食店を経営していくことは不可能となった。

(五) そこで、原告安原は、被告村松に対し、平成五年一一月末日頃、口頭で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、かつ、本件店舗を明け渡した。

(六) 仮に右(五)の解除の意思表示が認められなかったとしても、原告安原は、被告村松に対し、本件訴状をもって、本件店舗の使用が不可能、ないし著しく困難であるにもかかわらず修理をしないことを理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右訴状は平成九年一〇月九日被告村松に到達した。

(七) なお、本件事故によって、被告村松が本件店舗を原告安原に使用させる義務が履行不能になった。

(八) よって、原告安原は、被告村松に対し、本件賃貸借契約中の保証金に関する約定に基づき、金一五〇万円及び平成九年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告村松の認否

請求原因(一)ないし(三)は認め、その余は争う。

本件店舗は、工事により復旧できるから、履行不能の状況にはない。また、被告村松は、平成五年八月二二日頃から本件店舗の修復工事に取りかかったが、同月二五日、原告柳らが被告村松を脅迫して右工事の中止を命じたため、右工事を中止せざるを得なくなった。

平成五年九月から同九年九月までの原告安原の未払い賃料は、合計金五三九万円になる。

四  第四事件(平成五年(ワ)第三二五三号)

1  被告中川の請求原因

(一) 被告中川は、被告村松から、本件爆発事故の原因が豆腐製造過程で器具を洗浄した排水に混入している豆腐かすが本件ビルの湧水ピット内に流入したことにあるとして損害賠償を請求されたので、平成五年八月二五日、被告村松に対し、金一七万三二〇〇円、被告藤井に対し、金五〇万三九四〇円を支払った。

(二) ところが、左京消防署が、右メタンガス爆発事故の原因を調査したところ、右事故と豆腐製造過程で生じた排水とは関係のないことが判明した。

(三) 被告藤井は、平成七年七月七日に死亡し、妻である藤井幸子と子である藤井浩一、藤井茂則及び坂上清美が共同相続した。

(四) 被告中川は、平成九年七月一三日、死亡し、妻である中川貴子と子である中川紗希、中川千佳及び中川菜穂子が共同相続した。

(五) よって、被告中川が被告村松及び被告藤井に支払った金員は、法律上の原因なくして支払われたものであるから、不当利得に基づく返還請求として、原告中川貴子は、被告村松に対し、金八万六六〇〇円、被告藤井幸子に対し、金一二万五九八五円、被告藤井浩一、同藤井茂則及び同坂上清美に対し、それぞれ金四万一九九五円ずつ並びに右各金員に対する交付の翌日である平成五年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告中川紗希、同千佳、及び同菜穂子は、各々、被告村松に対し、金二万八八六六円、被告藤井幸子に対し、金四万一九九五円、被告藤井浩一、同藤井茂則及び同坂上清美に対し、それぞれ金一万三九九八円ずつ並びに右各金員に対する平成五年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告村松、被告藤井の認否

請求原因(一)(三)(四)は認め、(二)は否認する。

第四  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

第一  本件事故の概要

一  成立に争いのない乙第四号証、第九ないし第一一号証、証人林孝俊及び同望月秀祐の各証言、検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件ビルは地階に本件店舗があるほか、一階に終夜スーパーの店舗があり、二階から四階は共同住宅となっていた。本件爆発事故当時、地階は無人で、一階は三名、二階は八名、三階は二名、四階は五名がそれぞれ在室していた。爆発による人的な被害はなかったものの、地階の本件店舗の入口の木製扉、スチール製シャッター等が吹き飛び、床板の一部が盛り上がり、床板の下に巡らせた大引き及び根太の一部が焼け焦げた。

2  本件ビルの地階部分は、地階室内の結露や湿気を防ぐために、鉄筋コンクリート造の外壁とコンクリートブロック造の内壁との二重壁となっており、間隔二四センチメートルの空隙がある。そして、地階の鉄筋コンクリート造の床(スラブ)と、その下の鉄筋コンクリート造ベタ基礎との空間で、外壁に囲まれ、地中梁に支えられた閉鎖空間を利用して、湧水ピットが設けられている。この湧水ピットは、地階の外壁内側にできる結露や、外壁の微細な孔から侵入する地下水を一時的に貯留するための水槽で、地階部分の外壁と内壁との間の空隙の底部に設けられた孔から、このピットに水が集まる構造である。ほぼ本件店舗の床下一杯に拡がる南北二基のピットがある(別紙図面一のイロハニイの各点を結んだ線で囲まれた部分と、同図のホヘトチホの各点を結んだ線で囲まれた部分)。底部にある径一〇センチメートルの管で互いに繁がっていて、北側のピットに、水中ポンプがあり、一定量の水が溜まるとポンプが自動的に作動して水を汲み上げ排出する仕組みとなっている。南側のピットは、内径が南北7.8メートル、東西3.36メートルあり、深さが2メートルある。その天井すなわち地階の床(スラブ)の中央に南側と北側の二か所に、それぞれのピットを点検するための、四五センチメートル角の点検口があり、コンクリート製の蓋を嵌めてある。

3  もともと、地階の床は、コンクリートスラブの表面にタイル貼り仕上げのところ、点検口と蓋はモルタル仕上げで金属縁を巡らせてあって、床の表面に見えていたが、平成二年に原告柳が内装工事をした際に、スラブの上に、大引き、根太を置き、木製床板を張り、その上にビニールタイルを貼ったため、点検口は隠れてしまっていた。

4  メタンガス(CH4)は、無色、無味無臭、可燃性の、空気より軽い気体である。メタンの発生機序(メタン発酵)は、二段階に分けられる。まず非メタン産生菌により蛋白質、脂肪、炭化水素などの有機物が蟻酸、酢酸などの低級脂肪酸や二酸化炭素に分解され、ついでメタン細菌によりメタンに転換される。メタン細菌は、汚泥、湖沼などに分布する無胞子性偏性嫌気性細菌であるから、メタン発酵のためには嫌気状態でなければならない。(公知の事実)

5  本件爆発により、本件店舗南側の点検口付近で木製床板の二メートル四方位が盛り上がり、床下の大引き及び根太の一部が焼け焦げ、点検口のコンクリート蓋が持ち上げられてずれていた。消防隊が到着したとき店内では腐敗臭がしており、消防隊が可燃性ガス検知器で床板下部及び南側湧水ピットの中を測定したところ、メタンガスが検知され、右の湧水ピットの中には、床下五〇センチメートルくらいまで黒っぽい汚泥状のものが溜まっており、その汚泥状のものを採取した消防局研究課で鑑識したところメタンが検出された。店舗内の都市ガス設備には異常がなかった。木製床板とスラブとの間の隙間は気密構造ではなく、ここでメタンガスが発生したとは考えられない。これらの事実からして、本件爆発は、湧水ピットにたまった汚泥内で発生したメタンガスが点検口の隙間から漏れだして、木製床板と、コンクリート床板(スラブ)との高さ五センチメートルの空間に滞留し、このメタンガスに、店内の何かの火が着火して爆発が発生したものと認められた。

火源は、本件店舗内で使用されていた製氷機、タオルポット、冷凍冷蔵庫、エアコン、冷水ショウケース等の電気器具が考えられたが、特定することはできなかった。

二  事故前の経過

成立に争いのない乙第八、第九号証、証人望月秀祐の各証言、原告柳及び被告村松の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の経過が認められる。

1  本件爆発より四か月ほど前の平成五年四月ころ、本件店舗には悪臭が漂うようになり、原告柳が被告村松に苦情を訴えていたが、格別の対応はないままであった。

2  七月になると、床に水が滲むようになり、原告柳が被告村松に調査を頼んだものの、製氷機の水漏れなどとも言われて、原因は不明のままであった。そのうち、南側壁面から汚水が滲み出て来るのが認められるようになった。

3  そこで被告村松が木下管工業に調査を依頼して、その下請けの被告藤井が七月一八日に調査したところ、南側壁の隙間から漏れだす水の量も多くなっていて、本件店舗の南西隅の辺りで、壁の外を水が流れる音が聞こえた。そこで、建物外部の地面を掘って見たところ、かなり漏れており、西隣の中川ビルとの間の六〇センチメートルほどの幅の隙間で、南側外壁から北に2.6メートルほどの地点では、中川ビルからの排水管の先端が割れていて、付近の地盤が空洞化しているのが判明した。

4  同月二四日、被告村松は被告中川を本件店舗の南西隅に呼び寄せ、壁の外に水が流れる音を確かめさせ、改修の責任を持つことを約束させた。

5  この日、被告藤井は、両ビル間の地盤空洞箇所に土砂を充填し、表面をコンクリートで固めた。そして、本件店舗内の南側内壁に、床から七、八〇センチメートルの高さのところに穴を開けたところ、壁の間に、白濁し、腐ったような臭いのする汚水が溜まっており、バケツ五〇杯ほども抜き出した。その後には、相当量のセメントを投入して、ヘドロ状のものを固めた結果、地階への水の流入は止まった。

6  八月一〇日、被告村松と被告中川が本件店舗に集まり、被告中川が、費用を負担して、床下(木製床とスラブとの間)に溜まってしまった汚れを清掃することになったが、お盆が近く、急に職人を頼むことができなかったため、お盆明けに、清掃を行うことになった。なお、この間、湧水ピットの存在や、その清掃の必要について被告村松が原告柳らに申し出をした形跡はない。

7  そこで、清掃が終わるまで原告柳はスナックを休業していたところ、八月一五日、本件爆発事故が発生した。

第二  第一事件(平成五年(ワ)第二八三四号。原告柳の被告村松に対する損害賠償請求)について

一  債務不履行責任

原告柳は、同人も原告安原と共同賃借していると主張し、被告村松は、原告安原のみであると主張する。

けれども、原告柳及び被告村松各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証によると、本件賃貸借契約の契約書は、賃借人は原告安原、連帯保証人が原告柳として、それぞれ署名捺印して作成されている。また、原告柳は、娘である原告安原と共に親子で店をするので借りたいと言って契約に立ち合ったもので、現実に本件店舗を直接使用収益しているのは原告柳であり、そのことは被告村松も認識し、格別異議を述べていないし(原告柳及び被告村松各本人尋問の結果)、被告が本件事故による損害の賠償を約束した念書(成立に争いのない甲第一号証)の宛名も原告になっているけれども、これらの事情は、原告柳が本件店舗を現実に使用収益し、それを被告村松が容認していることを示すにとどまり、被告村松が契約上も原告を賃借人として扱う意思を表示したものとはいえず、契約書と異なる解釈をすべき事情とはいえない。

そうすると、原告柳は賃借人とは言えず、被告村松が、原告柳に対し、賃貸借契約による債務不履行責任は負うべき理由はない。

二  土地工作物責任

前記のとおり、地階部分においては、コンクリート造外壁の地下水による結露や微細の隙間から侵入する湧水を防ぐことが困難であるので、外壁とは別に内壁を設けて二重壁とし、その二重壁の空隙内に侵入した水を空隙底部の孔を経て、地階床下の湧水ピットで受け、一定の水位に達したら、水中ポンプで汲み上げて排水する構造になっていたもので、外壁に隙間がなければ、湧水ピットに汚泥が堆積することはない。

ところが、前掲乙第九号証及び検証の結果によれば、本件ビル地下の南西部の外壁(別紙図面一の「水進入口アリ」と記した部分)には、その築造工事後に孔を穿って、地階室内からの排気ダクトを通してあるが、そのダクトと外壁との間が数センチメートルもの隙間を残したままで塞がれておらず、この隙間から土砂や汚水が二重壁の空間に侵入したことが認められ、これがさらに、底部の孔を通って、本件湧水ピットへ侵入し、汚泥を形成したものと推認される。

してみると、本件ビルは、土地工作物として、それが通常備えるべき安全性を欠いている状態であるといえるから、設置・保存に瑕疵があるというべきである。よって、他の責任原因について検討するまでもなく、被告村松は、民法七一七条一項により、その瑕疵に原因するガス爆発によって損害を被った原告柳に対し、損害賠償責任を負う。

三  損害

1  物的損害

前掲乙第四号証によれば、本件爆発により、本件店舗では、主な物的被害として、入口の木製扉一枚、スチール製シャッター一枚、玄関前天井板(九〇×九〇センチメートル)、北西側天井板(一四〇×八〇センチメートル)、合板床板(三〇〇×五〇〇センチメートル)、ガラステーブルの天板二枚がそれぞれ破損し、さらにその後の消防隊の調査作業や汚水抜去作業に伴い、床板がほぼ全面がめくられるなどしたこと、また店舗全面に、細かい塵が降り積もったことが認められる。

以上の状態から、本件店舗は、本件爆発によりパブスナック用店舗として使用することが不可能な状態になったものと言える。本件店舗内の設備・備品は、さほど爆発による損傷を受けていないように見えるが、営業を再開するためには、本件爆発のイメージを一掃すべく、店舗内装を一新する必要性もあると認められる。したがって、従前存した店舗の内装や諸設備・家具は、本件爆発により、その本来の効用を失ったというべきであるから、その残存価格が損害として認められる。

そして、原告本人尋問結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証によれば、原告柳が平成二年七月二五日に完了した右店舗改装や家具購入費用は、合計八六四万四四〇〇円であることが認められるが、その改装時から本件爆発時までに三年を経過しているから、接客業という営業の性格をも勘案すれば、その五〇パーセントを減価償却した残額をもって残存価額と評価するのが相当である。

よって、物的損害の金額は、四三二万二二〇〇円と認める。

2  逸失利益

甲第六号証の「ポパイ」の損益計算書及び甲第九ないし第三〇号証の金銭出納帳によれば、平成四年度の営業日一日あたりの営業利益は六万三七二八円とされているが、原告柳本人尋問結果によれば、右金銭出納帳は、裁判所に提出するために、原告安原がまとめて記載したというものであり、その元となる資料が全く示されていない上、所得税の申告においても右資料に基づいて申告されていないことからして、右金銭出納帳及び損益計算書の信用性を認めることはできず、これに基づいて営業利益を認定することはできない。

しかしながら、原告柳が、本件爆発により当面稼働することができなくなり、逸失利益を生じたことは明らかであるから、原告柳の年齢を勘案して、平成五年度賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者学歴計に基づく五五歳から五九歳までの年間平均給与額(三一九万六三〇〇円)を基礎として逸失利益の額を算定することとする。

そして、本件店舗を修繕することとしても、大規模な修繕が必要であり、営業再開までには最低二か月程度は必要であり、他方、営業を再開しないこととした場合でも、転職には右と同程度の準備期間は必要であると見うるから、いずれにせよ、逸失利益の期間は六〇日間とするのが相当である。

よって、逸失利益は、五二万五四一九円と認められる。

(計算式) 3,196,300÷365×60=525,419

3  慰藉料

本件事故は、飲食店として営業に使用している店舗の床下でガス爆発が生じたものであり、仮に営業時間中に爆発していたとすれば、生命・身体の危険も存したうえ、営業を停止しなければならなくなったことによる精神的損害は、前記の財産的損害の填補のみによっては回復され得るものとは言いがたいから、損害賠償の対象となるというべきである。

前記認定の事故の程度等からして、右精神的損害に対する慰藉料は三〇万円をもって相当とする。

4  過失相殺

加害者に賠償責任が認められる場合であれば、たとえそれが無過失責任であっても、被害者の過失による過失相殺の適用は妨げられないから、以下検討する。

(一) 原告柳が、平成二年に内装の改装工事を行った際に、本件店舗の床全面に新たに木製の床を敷き、ビニールクロスを貼る工事を行った事実は当事者間に争いがない。右工事がメタンガス発生に寄与したとは認めがたいものの、湧水ピット内の点検を困難にするものであったことは明らかである。

原告柳本人尋問の結果中には、右工事を行う際、事前に被告村松に連絡して了解を得たとの供述もあるが、他方で、工事内容は告げていないとも述べており、被告村松も、その本人尋問において、原告が具体的にどのような工事をするかは知らなかったと述べており、原告柳の本人尋問結果から、直ちに床全面にビニールクロス張りにして湧水ピットの点検口を開けられないようにすることについてまで被告村松が事前に承諾していたと認めることはできない。また、原告柳は、湧水ピットの存在を知らなかったと述べるが、仮にそうであったとしても、現に工事を行った際には金属縁のある点検口と蓋が存在していたのであるから、その目的を確かめずに塞いでしまったことについての責任は免れない。

そして、この点検口が塞がれていなければ、前記のとおり、七月二四日に被告村松の依頼を受けた被告藤井が本件店舗南側の内壁に孔を開けて二重壁内の汚水を抜き取るなどした際に、湧水ピットを点検することができたであろうと予想でき、現に成立に争いのない乙第八号証によると、被告村松は、汚水漏れを調査している間に、湧水ピットの点検を考慮したが、フロアーの床を全部めくることになると思い、二の足を踏んだことが認められるから、点検口を塞いだことが湧水ピットの点検を妨害し、メタンガスの発見を妨げたという意味で、損害発生に寄与したことは否定できない。そうであれば、被告村松が床を剥がして湧水ピットを点検することを強く申し出なかったことを考慮しても、民法七二二条二項により、原告柳の被った損害額の二割を減額するのが相当である。

5  以上によると、原告柳が被告村松に賠償を求め得る損害額は合計四一一万八〇九五円となる。

四  結論

以上により、被告村松は原告柳に対し、民法七一七条一項による損害賠償として、四一一万八〇九五円及びこれに対する本件事故の日の後である平成五年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告柳の被告村松に対する請求はその限度で理由があるからこれを認容し、原告柳のその余の請求は失当であるからこれを棄却する。

第三  第二事件(平成六年(ワ)第三〇三五号。原告柳の被告中川に対する損害賠償請求)について

一  メタンガス発生の原因が被告中川の豆腐製造過程から生じた排水であるかどうかについて検討する。

1  前掲乙第八、第九号証、証人望月秀祐の証言、原告柳及び被告村松各本人尋問の結果によれば、原告柳の主張に沿う事実として次の各事実が認められる。

(一) 前記のとおり、被告村松は、平成五年四月頃から、原告柳より、悪臭がするとの苦情を受け、後には本件店舗の床や壁から汚水が漏れ出て来る、との苦情を受けていた。

(二) 被告村松が、平成五年七月一八日、本件ビル南西隅の壁の外で水の流れる音がすることから、本件ビルと中川ビルの間の幅六〇センチメートルほどの隙間の地盤を調べたところ、本件ビル一階南側外壁から北へ約2.6メートルの位置で、中川ビルの排水管が割れて、付近の地盤が空洞化していた(以下、この排水管が割れていた部分「排水不具合箇所」という。)。

(三) 被告村松が、同月二四日、被告中川を呼び、本件ビル地階南西隅で流水音を確かめさせたところ、中川は自分が改修の責任を持つことを認めた。

(四) 被告村松は、右同日、被告藤井に依頼し、両ビル間の右地盤空洞部に土砂を充填し、表面をコンクリートで固めたうえ、地階の二重壁の中の水を本件店舗内ステージの後ろ(南側)の内壁に穴を開けて白濁水を抜き出し、二重壁の中へセメントを注入した結果、地階の二重壁内への水の流入は止った。

(五) 中川は、同年八月一〇日、村松及び原告に対し、本件店舗の床下に流れ込んだ汚水を清掃する旨の約束をした。

(六) 中川ビルの排水不具合箇所と本件ビルの地階外壁の穿孔部との間は直線で約一メートルの距離にある。

(七) 建築士望月秀祐が平成八年三月一六日及び二七日に中川ビルの前記排水不具合箇所に近接する部分の地面に穴を開け、ビニールホース(内径一二ミリメートル)で注入し、地階外壁穿孔部に接する部分の土を取り出したところ、かなりの水分を含んだ状態になっていた。

2  右1の各事実を総合すると、中川ビルの排水不具合箇所より流出した排液が本件ビルの二重壁内に流入していたことが推認される。

けれども、さらに、右排液が湧水ピットに流れ込んでメタン発酵の原因物質になったことまで推認するには、少なくとも、前記排水不具合箇所より流出していた排液か、本件ビルの二重壁から抜き取った白濁水か、湧水ピット内の汚泥のいずれかに、豆腐製造に関係する有機物が含まれていたことを明らかにする必要がある。なぜなら、被告中川本人尋問結果、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、中川ビル一階の豆腐製造工場の水路等の配置は別紙図面二のとおりであって、本来、豆腐製造過程から生ずる排水は、一階中央を北に流れる排水溝に集められ、これを通って北側道路下に設けられている下水管に流れ込むようになっていることが認められ、右排水不具合箇所から流出していた排液がいかなるものかについては必ずしも明らかとはいえないからである。

ところが、本件全証拠によるも、右排水、白濁水、汚泥の成分については、いずれも明らかにはされておらず、被告中川の排水がメタン発酵の原因になったと認めることはできず、他に原告柳の主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

二  よって、原告柳の被告中川に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

第四  第三事件(平成九年(ワ)第二五五八号。原告安原の被告村松に対する保証金返還請求)について

一  請求原因(一)(賃貸借契約)、(二)(保証金支払)、(三)(本件店舗での営業)については当事者間に争いがない。

二  請求原因(四)(五)(六)(賃貸借契約の解除・明渡)について

1  判断の前提として、まず解除原因の有無を見る。

(一) 前掲乙第八号証、成立に争いのない甲第一号証、丙第四号証の一、二、第五号証の一、二、原告柳、被告村松及び被告中川各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故後の補修工事を巡る交渉等について、次の経過が認められる。

前記認定(第二の三の1)のとおり、八月一五日に起きた本件爆発により、本件店舗はパブスナック用店舗として使用することが不可能な状態になり、営業を再開するには、店舗内装を一新する必要が生じた。

被告村松は隣家の被告中川方から流れ込んだ排水ヘドロとなり、本件爆発の原因になったと考えて、即日、被告中川を伴って原告柳に謝罪し、早急に復旧工事を行うことを約束した。同月二三日ころ、原告柳は、息子(原告安原の弟)権秀雄を介して、被告村松に損害賠償を約束する念書の作成を求めて、その案文を渡した。その内容は、事故により生じた物的損害補償を約束し責任をもって全面改修する、休業補償金を事故当日から開店までの期間分を支払う、営業に多大な損害を与えたことに対しその補償金を支払う、今後このような事故が起きないように万全の改修と管理をする、というものであった。被告村松は、かねて水漏れ対策を依頼していた業者である被告藤井によると、工事は約一〇日で終わり、三〇〇万円程度で行えるとのことであったことから、その費用を被告中川に負担させるつもりで、同月二三日、被告藤井に注文して、本件店舗内の床を貼りなおす工事を始めさせた。これを知った前記権は、同月二五日、何の相談もなしに、仕様についての打合せもせずに、工事を行おうとしている、と強く抗議して工事を中止させたうえ、被告村松から、署名押印した前記の覚書を受け取った。そして翌九月初め、右権は、工事は自分の方で行う、として、株式会社後藤に見積もらせた一四三三万二九〇〇円の工事代金見積書を示して、その負担を求め、かつ、休業補償として、前年度の収入によって算出した金額を請求する旨を申し入れた。これに対して、被告村松は、事故前の状況に戻す工事しかするつもりはない、その費用は被告中川に負担させる、被告藤井に見積もらせた工事代金は、家具等の取り替えを含めても三〇〇万円ほどに過ぎない、工事は一〇日ほどでできるから、その分しか休業補償もしない、と回答し、以後、話し合いは進まなかった。被告藤井が作成した、九月一七日付けの工事代金見積書は、事故処理としての汚水処理や、廃材処理、清掃等を含めて、総額一四五万円余であり、九月末に提出した、備品類についての補修更新工事等の見積書は、総計一七五万円余であった。

他方、被告中川は、爆発が豆腐製造の排水であると被告村松から責められて、修復工事の代金を負担する旨答え、八月二五日には、事故前の調査費用等として合計三七万七一〇〇円を被告藤井と被告村松に支払ったほか、補修工事代金の内金として三〇万円を被告藤井に支払った。けれども、被告村松が原告柳に対して前記念書を交付しているのを知り、さらに多額の賠償責任を負担することになるのを懸念して、八月末ころ、弁護士に相談した。その代理人が消防署に問い合わせたところ、九月一七日、汚泥水槽からガスは発生したものと考えられるが、水槽への湧水等の流入については不明であるとの回答を得た。そこで同代理人は、九月二七日付けで、豆腐製造過程からの流入が爆発事故の原因だと言われて前記金員を支払ったが、消防署の調査でも原因は不明とされている、として、被告村松と被告藤井に支払済の金員の返還を求めるに至った。

こうして工事を巡る話し合いが進まないまま日が過ぎ、九月二〇日ころ、原告柳は、被告村松に、客が逃げてしまうので、せめてシャッター工事と電気工事だけでも早く行って欲しい、と求めた。これに対しても、被告村松は、被告中川が工事代金の負担を拒否し始めたことや、原告柳の請求額が大きかったことから、弁護士に相談して、工事を再開しなかった。ただし、このころまでに、被告村松は地階への入口シャッター・木製扉に代えて、仮扉を設け、その錠・鍵は自ら保管している。

そこで原告柳は、一〇月二一日になって本訴第一事件の損害賠償請求訴訟を提起した(当初の請求額は、工事費用八六四万四〇〇〇円―以前に行った内装工事代金―と九月末日までの営業利益二五四万九一二〇円であった。)。

以来、本件店舗は放置されたままで、工事再開あるいは店舗営業の準備はされておらず、最も根本的な欠陥である外壁の隙間を塞ぐ工事も行われていない。

(二) 右認定の事実によると、本件店舗は店舗内装を一新する必要があり、かつ、外壁の隙間を塞ぐ工事を行わなければ、使用不能というべきであるところ、被告村松が始めた工事の中止を求めたのが、原告柳(の息子)であるにしても、何の相談もなく、仕様についての打合せもなしに始めたとの理由に基づくものであって、工事一切を妨害したものとは言えないし、本件店舗を事実上管理しているのは被告村松であったのであるから、右中止申入れにより修繕が一切不能となったとは言えない。しかも被告村松はその後一切の工事を行っておらず、最も根本的な欠陥である外壁の隙間を塞ぐ工事すらもしていない。そうであれば、被告村松は、本件店舗を修繕する義務を果たさず、ために、賃借人たる原告安原は、本件店舗を使用することができないでいるものと認められる。

2  ところで、本件全証拠によるも、原告安原が、被告村松に対して、平成五年一一月末ころ、本件賃貸借契約を解除する旨を明示に通知したものと認めるべき証拠はなく、そのころ、本件店舗内の備品や動産類を持ち出すなどして、本件店舗を被告村松に明け渡したものと認めるべき証拠もない。

3  けれども、原告安原が、平成九年一〇月九日に送達された本件訴状により、被告村松に対して、使用不能を理由に契約解除の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるところ、右1に認定したとおり、被告村松の修繕工事の不履行により、原告安原は本件店舗を使用することができないのであるから、右解除の意思表示は有効であって、これにより賃貸借契約は終了したと言える。

4  そして、前記のとおり、補修工事を巡って話し合いができないまま経過したこと、原告柳においても、訴訟を提起したあと一二月一日からは他で稼働するようになったこと、以来、原告柳や原告安原は、本件店舗に残してある動産類の運び出しを申し出ることもなく過ぎていること、弁論の全趣旨によると、本件事故後、本件店舗入口にシャッター・扉に代えて、仮扉が設けられ、その錠及び鍵は被告村松が保管しているものと認められることからすると、原告柳は既に本件店舗内の動産類の所有権を放棄して、退去したものとみなすことができ、右の解除の意思表示により、原告安原は本件店舗を被告村松に明け渡したものと見ることができる。

三  そうすると、原告安原は被告村松に対して、賃貸借契約中の保証金約定により、被告村松に交付した保証金二〇〇万円のうち一五〇万円の返還を求め得ることになる。

もっとも、右解除明渡しまでの間、原告安原が被告村松に本件店舗の賃料を支払っていなかったことは明らかであるから、原告安原に賃料ないし賃料相当損害金の支払義務があるとすると、保証金返還請求権は発生しないけれども、前記認定のとおり、本件店舗は飲食点としての使用が不能な状態にあり、しかもそれは賃貸人たる被告村松において補修工事を行わないためであるから、原告安原に賃料ないし賃料相当損害金支払義務は発生しなかったと言うべきである。

四  以上によると、被告村松は原告安原に対し、保証金約定に基づき、一五〇万円及びこれに対する本件店舗明渡日の後である平成九年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告安原の請求は理由があるからこれを認容する。

第五  第四事件(平成五年(ワ)第三二五三号。被告中川の被告村松及び被告藤井に対する不当利得返還請求)について

一  被告藤井幸子、同藤井浩一、同藤井茂則及び同坂上清美に対する請求について

被告村松の本人尋問結果によれば、被告村松は、平成五年七月一四日、木下管工業に対し、本件ビルの漏水について調査を依頼し、その下請けである藤井設備工事こと被告藤井が実際に本件事故の前後に本件ビル内外の調査修繕工事をしたことが認められる。

そうすると、被告藤井は、被告村松の依頼に基いて実際に工事を行ったことにより、その工事代金債権を被告村松に対して取得していたのであって、原告中川は、第三者として、被告村松に代わって五〇万三九四〇円を弁済したと言うことになり、原告中川が被告村松に対して不法行為に基く損害賠償義務を負わないとしても、この第三者弁済の効力は影響を受けないから、被告中川において、被告藤井にその既払金の返還を求め得る筋合いではなく、同被告に対する請求は失当である。

二  被告村松に対する請求について

1  被告中川は、その本人尋問の結果において、被告村松に支払った金銭の趣旨について、漏水の調査費用である、と述べたり(第一八回二二頁)、覚えていないと述べたりして(第一九回一八頁)、明らかにしない。従って、右金員授与の趣旨が明らかでない以上、仮に被告中川が被告村松に対して、不法行為に基づく損害賠償義務を負わないものとしても、法律上の原因のないことについて、主張立証があったとは言いえない。

2  のみならず、被告中川方からの排水が、本件ビルの地下に流れ込んでいたと推認されることは前記第三の一のとおりであって、それがメタンガス発生の原因となったことはその証明がないと言わざるを得ないものの、原因とならなかったと認めるに足りる証拠もないから、被告中川の右支払が、法律上の原因を欠くものとまでは言うことはできない。

三  そうすると、被告中川の被告藤井及び被告村松に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないことに帰するから、いずれも棄却することとする。

第六  よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下司正明 裁判官橋本眞一 裁判官菊井一夫)

別紙物件目録<省略>

別紙図面<省略>

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